「なあヒバリってキスしたことある?」


     そんな山本の言葉に鉛筆を握る手がピタリと止まった。
     此処は応接室で、山本は暇だからと遊びに来ていて、僕は山程とある資料に手を付けていていて、それで。

     「おれはした事ねーんだけどさあ、なんかファーストキスってレモンの味がするって良く言うじゃん。
     あれってホントかよ?」

     言って山本は自分の親指で自分の唇を撫でるように触れた。
     薄くて淡い色をした山本の唇。
     あれに己の唇で触れた人間は今のところまだ一人もいないのか。そう思うと胸の辺りが不意に擽ったい気持ちに襲われる。

     「…さあね、分からないよ。」
     「おっ。て事はヒバリもした事ないのなー」

     同類同類、とソファの上で笑う山本に何故だかとても邪な気持ちが湧く。
     触れたい。その良く動く唇に。誰よりも先に、誰よりも多く。

     (……僕も随分とやられたものだ……)

     でも実際そんな事出来る訳が無いし、正直言うとそれを実行に移す勇気も無い。
     僅かに重たい気持ちで目線をまた紙の上の活字へと戻した。
     拒否される事が怖いだなんて、本当に僕はいつからこんな。

     「じゃあさ…試してみねー?」

     折れるんじゃないかと思う位の勢いでもう一度鉛筆を動かす手を止めた。
     ゆっくりと視線を上げ、ソファの方へと向けた。山本は顔色一つ変えずに微笑んでいる。

     「…君…自分が言っている言葉の意味分かってる?」
     「ん、分かってるぜ?何で?」
     「何でって…」

     僕は溜息を一つ吐いて椅子から腰を上げた。
     ゆっくりとした歩調でソファの方まで歩いてゆき腕組みをして山本の前に立つ。

     「悪い冗談だね」
     「そうか?悪くはねえと思うけど」

     そう。と僕が言うと山本はそうだよとまた笑う。

     「いいんじゃね?お試しって事で」
     「お試しって…何の」
     「えーと…ファーストキスはレモンの味がするかどうかの?」

     何故こちらが聞いているのにそっちが語尾に疑問符を付けるんだとか、いや―そんな事はどうでも良く。

     「……君はいいの?」
     「何が?」
     「僕とキスするんだよ」
     「………いいんじゃねえの?」

     上目使いに僕を見て山本は口角を吊り上げた。ああ、これは煽られていると思っていいのか。
     少し屈んで、山本と目線を合わせる。


     大方お互い檸檬の味なんてしないと分かり切っているのに、滑稽だよ。




     2007/10/02